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プロフィール
走るキンサク
走るキンサク
 氏名    橋    金作
        走 る キンサク(75歳)

●主な役職
株式会社エコニクス創業相談役
㈱沿海調査エンジニヤリング相談役、 
(財)電気保安協会 理事、
(元)北海道経済連合会常任理事
●趣味スポーツ歴
・日本海沿岸走5800㌔走破
 北海道沿岸道3000㌔走破、
 青森竜飛岬から青森・秋田・山形・新潟・富山・石川・福井・京都・兵庫・鳥取・島根・山 口・福岡・佐賀・長崎県野母崎の日本海沿岸2800㌔走破、九州最南端佐多岬ヘ、青森大間崎から太平洋沿岸久慈海女ちゃん小袖浜へ更に陸奥海岸復興視察ランで女川へ
・サロマ100㌔ウルトラマラソン4回完走、
・札幌スキーマラソン50キロ15回完走、
・オホーック85㌔スキーマラソン11回完走、
・ヒマラヤ カラパタール5545m、ゴーキョピーク5357m登頂。
・エベレストBCへ2度(チベット側チョロランマ、ネパール側サガールマーター)
・国際潜水教師協会理事(NAUI)元インストラクターDr、
・他に北海道、東京、ホノルル、洞爺、千歳、網走等のフル、利尻一周55㌔マラソン等など完走、自転車、水泳、カヌーなど
平成 2017年 3月 現在
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2009年05月18日

30日男鹿半島入道崎へ、(漏れにつき再送)
















朝から天気良い、向かえ風が強く寒い、ザックが昨日より重く調子がでない、メロン農道を、農作業は手押し車のおばあちゃんばかり、おじいちゃんはどこ?、亡くなっのか、っても畑、腹が減った、25kで北浦港、しかし食堂が見当たらない、寿司屋に入り蕎麦を食べる、後10kで入道崎、登り下りの道行きよやく入道崎へ、岬行きは省略してはと悪魔の囁きがNさんから聞こえてきました、それを振り切り到着です。岬のお店での鹿のナマハゲをパチリ、そこの親父は鉢巻姿でタコのようなツルッパゲ、これが正真正銘の生ハゲでした。

  

2009年05月17日

完走して翌朝、愛本橋を訪ね橋の姓を探求

















今日は朝から雨、黒部川からの別れの涙雨か、愛本橋までのは止め、タクシーで愛本橋のふもとの資料館へ、橋の傍に愛本姫社がある、ここに昔、茶店があり美人娘お光が居たそうです、ある日突然黒部川の蛇に連れさられ嫁入り、御礼にチマキ造りを秘伝され大変繁盛したそうです、もしかしたら私ども橋はその茶店だったのでは、浮世絵師英泉がお光を描いており、ゴッホが模写した絵が残っております、姉の顔裁ちが何か似ている。この愛本橋の麓で祖父、父は生まれ、その後掛橋が鉄橋にかわり黒部川河口の下飯野へ移り生活し、父10歳の頃祖父に連れられ北海道へ移住した。祖父、父もさぞ懐かしく喜んでいるのだろう、喜びの雨が激しく降る、昨日まででなく良かった、青森で雨、ミゾレ、雪で試練の洗礼を受け昨日まで一度も降られることが無かった、先祖が守ってくれたお陰では、、感謝します、何時まで経っても子供だな…これで今日富山へ行き、明日札幌へ帰ります。戻りましたら青森竜飛から黒部川河口800km感走記をまとめ皆様へご報告いたします。ありがとう御座います。
る金作

  

2009年05月16日

お陰様で黒部川河口ゴールへ最後の走り

















今日先祖の地へ最後の修行、よくもここまで来たもんだ、一歩、一歩大事にろうと朝早く越後宮崎を出る。旧街道を歩きウォーミングアップし朝日町へ、小川の橋を渡ると入善町入り、これが最後の町、何か安堵と寂しさを感じる。入善駅を目指す、この町は扇状地で海岸線が長い、駅までは思っていたより時間がかかった、駅近くの旅館に荷物を預け黒部川漁港へ向かう、ここから10km位のはず、最後だれとを撫でる…祖父、父が北海道へ来るまで生活していた下飯野の道路表示、遺影を握りしめる、故郷だよ、、懐かしいだろう…山、川、海、漁港へ、、黒部川河口ゴール!、遂に来たよ、爺さん、親父!。青森竜飛を旅立って22日、およそ800km長かったようだが、毎日の積み重ね、その時、その時の一歩、その日、その日のやるべきを大切にの繰り返しでした。そして気力は伴走、サポーターのラン友と応援てくれた皆様の声援でした。ありがとう、有難う、サンキュー、今日只今、終え旅館に戻りましたら完走の素敵な、、感動でした。嬉しいです。私が成し遂げたのではなく、人間が凄いと!思い知らされました。これで親父、お袋に
掛けた苦労は容赦してと思ってましたが、この位ではまだまだ足りないな〜て分かりました、とてつもない心配や苦労を掛けたからなー☆ 皆様有難う、心から感謝、感謝申し上げます。完走万歳

  

2009年05月15日

5月15日糸魚川から親不知を超え
















今日、明日でゴールと思うと安堵感が漂う、最後が危ない、必ず何かがあるもんだ!、日本最大の交通難所、親不知超えである。今朝息子は東京へ帰り親子では超えられない親不知、子しらず。酒田の橋で会ったKさんが親不知は難所ですよと言っていた事を思い出す、覚悟してかかろう、青海町を通り親不知へ、約10Kのトンネル、覆道、曲がりくねった歩道の無い国道、突然大型トラックの列、壁にへばりつく、危ない歩く事もできず立ち止まりの連続、難所で最も長いトンネルにさしかかる、歩行禁止!、迂回の明治初期に開道した旧街道を行く、チベットからのヒマラヤ街道に 似た断崖を削り開いた道である、この下の波が砕けている波際沿岸歩道が親子を引き裂く親不知、子しらずの天険の難所、ようやく乗り越え、市振の関所松が見えてきた、ここまでくれば浄土と喜びの市振へ到着、ここで昼食、ここを出たところが県境、いよいよ最後の富山県入り、爺さん、親父、故郷の富山だよーと遺影を撫でる、明日はいよいよ先祖の地、黒部川河口下飯野である、山河、海をゆっくり眺め、懐かしみ、味わいながら先祖の地へ向かおう、、

  

2009年05月14日

5月14日直江津の入間川より糸魚川へ.後80k

今日は息子と糸魚川駅へ向け、朝からすごい向かい風、気温も低く予報ては違う、後で知ったが特急が速度を落とし運行、歩くのがやっと、息子も一緒だし弱気は見せられない、能生道駅で昼食、直江津から糸魚川までの自転車道が整備されており素晴らしい、風がなければです。やっと糸魚川駅へ到着、しかし宿は予約しておらず探す、サングラスを掛けたやっれた老人、姿を見て断られる、3軒めのビジネスで事情を話し止めてもらう、明日から最後の一人旅が始まり、息子と最後の晩餐会を料理屋で、素晴らしく美味く安い店がありました、

  

2009年05月13日

5月13日柿崎から直江津を超えて
















朝から寒い、はずだが、全くその気配はない。柿崎から鯨波へ戻りスタートを考えたが、先を行けと悪魔の誘い、柿崎から、その分直江津から先へ約15kの有間川を今日のゴールと決めて出発。途中でおばさんからお茶、の差し、感謝、上がって休んで行け、と声をかけられる、ありがとう。謙信の居城春日山がてきた今日は攻め落とそう、ここからが遠い、昼頃到着。宿にザックを預け電車で15k程先の有間川駅へ、そこから直江津の宿へ、更に天地人博を、夕方東京から息子がサポートに来てくれた、後半の疲れた体には一番のです、明日は語り合い走で糸魚川へ〜

  

2009年05月12日

5月12日出雲崎から柏崎を超えて、後150km

今日は昨日HJさんが楽をさせてくれたお陰での調子はいいです、車も少なくやすい、刈羽の手前の岬は地震被害で通行止め、内陸部を迂回しなければならない、3.4倍遠回り、驚き!、地元の人が浜辺を歩いて行けるかも?、行く…漁師が無理だ、満ち潮でだめだ、通行止めの旧街道は何処から登りの俺の屋敷を通れと案内してくれた、ようやく岬を超えるこてができました。刈羽原子力PR館昼食、その後アクシデント、出た何処で道を間違え、内陸部へ向かった、海岸線から段々離れる、聞きながら戻る、しかしまた内陸部へ案内される、予定では駅は左側のはずが右側にあるようだ、何とか駅へ到着、ここから3kmで鯨波、泊まる所が無い、夏の海の家だけでした、柿崎へ移動。明日は謙信の春日山直江津で息子を迎える、

  

2009年05月11日

5月11日越前浜より良寛の里、出雲崎へ

昨日駆けつけてくた、HJさんと伴にダルマ屋を出発、女将さんが国道までの見送ってくれ何度、何度も手を振って見送りをしてくれた、田舎の人は心が温かいです。少し行くと曲がりくねった峠の登り、下り坂とてもない、脚力の上のHJさんのペースを乱してしまう、途中でザックを交換し軽い方のHJさんのを私に背負わしてくる、ありがとう、軽い!これでリズムに乗っれた、寺泊で昼食、出雲崎まで16k位労走、出雲崎が見えて来た、近くに見えているのは遠い、言い聞かせ町の入り口に旧街道への道がありそれを行く、古い宿場の雰囲気を残した町で素晴らしい、

  

2009年05月10日

5月10日新潟東港より越前浜へ

今日は42km以上なけれり午後4時までに越前浜へ着かねばならない、早めにでる、新潟市内は全く分からない、言われたままに走る、道が古く歩道が無く走る無い、また私の天敵夏日である、20k以上新潟駅へ昼にへばりながら着く町昼食、後20k以上はあるだろ、5時は過ぎる、HJさんての約束4時には着くことはできない、昼の休みはやめるか、家内真由美の無理しないでの声、悪魔の誘い、何と途中までのバスが駅から出る、飛び乗り10km行く、510円、往来橋で降り越前浜へまた4時に到着、越前浜のダルマ屋の料理が今日の疲れを癒やしてくれた最高です!皆さん一度来てご賞味下さい。明日は助っ人が居るので助かります。

  

2009年05月09日

5月9日瀬波から新潟市内、今日走れば残り250kmだよ、、

荒川大橋は大型トラックの幅しかなく、欄干にへばりつく、300m命がけで渡る、その先20k程の直線松林道、これもほとんど幅なし、合間見て、立ち止まり、の連続でリズムは取れないし、今日は気温25度、親鸞立像で手を合わせ救い願いました、ドライブインも無く、ようやく見つけたコンビニで蕎麦を買い店前でジベタリアンで昼食、路面が傾けている事で左足首が疲れ突然痛みが走る、何だ疲れた、、よー!。明日は42km以上ある早々にを労ります。