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プロフィール
走るキンサク
走るキンサク
 氏名    橋    金作
        走 る キンサク(75歳)

●主な役職
株式会社エコニクス創業相談役
㈱沿海調査エンジニヤリング相談役、 
(財)電気保安協会 理事、
(元)北海道経済連合会常任理事
●趣味スポーツ歴
・日本海沿岸走5800㌔走破
 北海道沿岸道3000㌔走破、
 青森竜飛岬から青森・秋田・山形・新潟・富山・石川・福井・京都・兵庫・鳥取・島根・山 口・福岡・佐賀・長崎県野母崎の日本海沿岸2800㌔走破、九州最南端佐多岬ヘ、青森大間崎から太平洋沿岸久慈海女ちゃん小袖浜へ更に陸奥海岸復興視察ランで女川へ
・サロマ100㌔ウルトラマラソン4回完走、
・札幌スキーマラソン50キロ15回完走、
・オホーック85㌔スキーマラソン11回完走、
・ヒマラヤ カラパタール5545m、ゴーキョピーク5357m登頂。
・エベレストBCへ2度(チベット側チョロランマ、ネパール側サガールマーター)
・国際潜水教師協会理事(NAUI)元インストラクターDr、
・他に北海道、東京、ホノルル、洞爺、千歳、網走等のフル、利尻一周55㌔マラソン等など完走、自転車、水泳、カヌーなど
平成 2017年 3月 現在
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2007年10月31日

チベット最大の都市ラサ3650m9/16

・9/16 朝紅山社の社長が尋ねてきた、昨日の迎えはどうなっていたと尋ねるが言い訳ばかりで埒があかない、これは危ないペテン旅行社である。チベット入境許可書は我社が手続きしたので手数料とラサのポタラ観光など2000元と請求される、ポタラチケットと引き換えに払うと言うと入場チケットは前金であると迫る、結局半分の1000元を支払う事にしたが息子は更に値切り800元を前金として払う事にし、明日の朝迎えに来ると言って分かれる。
今日はチベットラサ~チョロランマBC~ネパールカトマンズへの旅行許可書をラサの旅行社と交渉して申請しなければならない、本来であれば昨日か紅山旅行社に頼む事を考えていたが彼は信用できないのと見積もりでは倍ぐらい高いので交渉をしない事と決めた、その他の会社を探さなければならない。
チベット旅行局直轄のFIT travelが信用置けそうであるから、探すしかし見つからない雪域賓館ホテルの2階にあることがわかり尋ねる、英語のみであるが息子の英語力と私のボデイランゲージで私共の旅行計画(5泊6日)旅行許可書、車ランドクルーザー一台、ドライバー、ガイド一名と燃料費、ガイド、ドライバーの宿泊費、食事を見積もらせる、出発は9/19で7000元(約105000円)日本で確認してきた料金とほぼ同じであり手付金400元を払い契約する。これで旅行できることが確認され安心、しかし明日からのホテルが決まっていない、息子が探しに行く、今度は少し高いが見た目がチベット風のDHOOD GU HOTELが見つかり決める、これで本当の安心、これからラサ市内の観光にジョカン寺の周りを歩く、五体投地の巡礼者などで賑やかである。屋台のお土産店が多く並んでいる、値段を聞くと高いので断ると、、後を追いかけてきて値代を付けれせがむ、10/1に値切ると驚き、、諦め顔になる、しかし突然5/1ぐらいになる、断ると数を多く買えとせがむ、断り立ち去る、叉追いかけてくる、結局数個まとめ10/1で成立、昔インド、ネパールでもこれが相場あったので自信があった。
思っていたより夜は寒いのでこれから先高度が上がれば気温が更に下がると考えアウトグッズ店で息子の防寒上着と私のパンツを買う、兎に角安い5/1ぐらいである。ホテルへ戻り私は休憩、息子は叉出かける。遅くなるかもと部屋のカードカギを持たせる。
夜になったがカギが無いので電気は停電である、失敗に気づくが遅かった。
その後ペテン師の紅山社の社長夜9時ごろこれから行くと℡約束は明日迎えに来るのでなかったかとただすが聞かない、それでは10時にと切る、その後直ぐにフロントから℡部屋のカギがかかり誰も居ないはずの部屋で℡のやり取りが有ったと不信に思い確認の電話である、10時前に紅山社の社長が部屋へ怪しいのでフロントで会うと考えたがその後部屋へ入れない、戸口で話す、何の用事かと効くと明日のポタラの観光にはガイド料が一人500元入ると請求で有る、今日の朝そんな話は無かったがどうしてだと聞くと、要らないとは言ってないとのこと、それならガイドは要らないと断ると決まりで入れないと、、、約束が違うと全てキャンセルすると金を返せと迫るが、どうにもならない、結局ポタラ見学はしない事にして紅山社とは全てキャンセルにする。紅山者の社長も英語は少し、日本語はダメでありその中でのやり取りであり大変でした。矢張りお金を全額前金で払わない事が一番です。  

Posted by 走るキンサク at 17:51Comments(0)走る金作チベツトを行く西遊記

2007年10月27日

9/15北京からチベットラサへ(3650m)

●9/15 今日はチベット入り北京からラサへの旅立ちであり朝5時に起床、今朝の北京は久しぶりの晴れであるが、朝から靄がかかって霞んでいる。
朝6時半ホテルを出発予定であることからランは中止。息子は昨夜遅かったので起きるか心配であったが起きて準備をしている、親が心配することも無かった、矢張り息子からしてみればこれがウザイのかと反省する。
チベット入境許可書の取得は思っていたより困難であった、北京では難しくRさんのお陰でラサの旅行社と交渉してようやく取得ができた。どうやらその窓口が無い様で成都、西寧などの旅行社でツアーへ参加することがグループ旅行が正規な方法である。迎えのタクシーで空港へ向かうホテルが高速の入口にありスムースに30分ほどで空港へ着く、高速料金も入れて70元で旧札の中国100元をだすと断られる、昨日中国銀行で換金してきたお札が使えないとはどうなっているのか、新札をだす、これなら早く旧札を使わなければと朝食をとり旧札で支払い、鑑定器で確認され釣りを貰う。タクシーは鑑定器を持っていないので断られたのが解った。成都への搭乗手続きなどで1時間ぐらいかかるようやく搭乗口へチケットを見ると出発時刻ではなく登場締め切りの時刻だけが記入してある、どうも中国はそのようである。2時間ほどでチベットへの乗り乗り継ぎの成都へ到着、ここで数時間空港内で待つ、北京より遥かに空が青く綺麗である、ここは標高約500mの人口1000万の大都市である、四川省の県庁所在地であるが県内人口は9000万人である、驚く!、空港は新しく千歳空港並に綺麗であり、空港内では色々なお土産が売られている、特にここは果物が名産のようであり大きな完熟マンゴが美味しかった、(中国としては600円で値段も高かったが)、カボチャが果物として売られていた。空港での待合には有料の高級なマッサージチアエアーがあり10元であったコイン式ではなく女性が付いている、これも矢張り人件費の安さからか。これから先ラサでは旧札がつかえないと困るので銀行で新札と取り替える。(チエックが厳しく時間がかかった)いよいよラサへの搭乗時刻が迫り手続きをする荷物の預かりも搭乗手続きにも入境許可書のチックも無い、スムーズに進むあれ!なんだ難しくないのではと思い安心、しかし最後の機内持込手荷物のチェツクの側に公安の若い女性がパスポートと入境書を厳重にチェツク、矢張り厳しい。団体かどうかツアー名簿と確認、2名の親子で団体である。OKと通される、最後で確認とは驚き、、、個人でのチベット行きは実際に不可能であることが解った。ラサ行きは満席であるが我々Fクラス(満席で止む終え図ず)は、優先的に席まで1人づつ案内され早速離陸前から飲み物サービスが始まる。2時間ほどでラサ上空、直陸体制入り機外と気圧を同じし始めると矢張り気圧が薄く(3600m)くらくらし始める。4000.5000は3度経験があるので覚悟はしていた、着陸し到着口へ向かう、呼吸は深く、動きはゆっくりと言い聞かせ歩く、息子も最初は気にしていなかったが流石堪えたようで動きが鈍くなる。高度障害(高山病)とはどんな症状か?高度が上がり気圧が下がることにより血液中の酸素が薄くなる、合わせて体内から水分が奪われ(血液が濃くなる)、運動力、思考力、体内基礎代謝機能が低下し熱生産力が乏しくなる、症状は人により異なる様であるが一般に、息切れ、脈拍増、頭痛(後頭部)、食欲不振、不眠、寒気、などで二日酔いと初期の風邪に似ている、予防と改善にはあまり動かず深くゆっくり呼吸をして2.3日体温を保ちながら身体を休めることで、気圧に順応させながら一日2.3リットルの水、紅茶などを飲む、年齢と体力に関係なく安静にすることである、3000を越えたらほとんどの人がかかる、無理すると肺気腫となり人命に影響する。4000m越える体験は4度である、程度の差はあったが毎回何らかの症状があった。特に風邪と併発したら大変であり体温調整(山では四季が一日でおこる)をこまめにすべきである。時差は北京から5000キロは西へ来ているが北京と同じで1時間遅れ、しかし実際には北京と2時間の時差があるが中国政府はチベット時間を認めてない。(生活ではチベット時間、仕事、学校などは北京時間で動いている)
ラサから100㌔ほどに在るゴンカル空港へ到着、矢張りチベットの空は何処までも青く、日差しが強い、到着口へ、、、迎えの紅山旅行社が迎えに来る事になっているが居ない、他の迎えの旅行社へ尋ねるが解らな会社へ℡を掛けるが出ない、どうもいい加減な旅行社の様である。旅客はそれぞれのバスなどに乗り込み旅客は居なくなる、空港関係者も居なくなる、私共親子だけになる、最後のマイクロバスが出発しそうである、ラサ行きだとそれに乗り込む、迎えはどうなっているのか今日のホテルの手配も頼んであったが、、、荷物と乗客で一杯のマイクロバスで高速道(日本の一般道並)を荒野の中を約1時間走りラサへ到着、ラサはチベット自治区の行政都市であり人口は市内で40万人であるが周辺人口を入れると180万の大都市である。市内のバス終点で降ろされるがラサは初めてであり、大きな荷物と担ぎながうろたえる、兎に角ホテルを探そう、地図を見るが今いる現在地の位置が解らない。近そうだが地図でホテルがあるところを指差しタクシーに乗る、料金を最初に確認すると30元、確かラサ市内は一律10元と聞いていたが吹っ掛けてきた、高いと言うと15元にする、仕方が無く手を打つ、中心街は車は入れない、何と数分のところである、早速騙される。ここで降りホテルを探すが大きな荷物を2個ずつ持ち3650mの高度では歩くのは苦しい、荷物は私が預かり息子がホテル探しに行く、よやく2泊だけは確保して来た、ツイン、バス、トイレ付きで400元(6000円)
部屋へ入り今夜の寝床は確保できた、一服、しかしバスはお湯が出ない、トイレは流れない、これがで上級ホテルである、息子も部屋を見て確認したが設備の機能までは確認できなかった、これがチベットである。ラサからワールド携帯電話はつながるがメールは不調、夕食へと街中のレストランへ行く、何か食欲が無い、メニユーを出されるが何だか解らない、英字でカレーと書いてある料理とビール一本を頼む、二人でこれが飲めない全然美味くないが食べなけれ。今日は静かにして、早く寝よう。しかし息子は出かける、日中20℃ぐらいが夜になると急速に気温が下がり寒くなる、ホテルは暖房は無い、空気が薄く酸素不足から体温調整が出来ず寒い、布団を被り休む。  

Posted by 走るキンサク at 13:54Comments(0)走る金作チベツトを行く西遊記

2007年10月26日

北京、9/12.13.14

走る金作西遊記
● 目的
1. 北京の環境の現状視察
2. 中国チョロランマの氷河の現状視察
3. 中国沿岸経済先進地と奥部との格差視察
4. チベット仏教社会と中国政府との関係視察
●行程
・9/12千歳から北京、
・9/12~14
北京滞在(北京中国の環境ビジネスの現状調査、チベット入りの準備、)
・9/15成都乗り継ぎでチベットラサ
・9/15~19まで
チョロランマBC,ヒマラヤ越え、ネパールへの旅行許可など準備
・9/19~9/25
ラサからガンツエ、シガッエ、サキヤ、テンリー、チョロランマBC,
ニヤラム、ザンム、カトマンズ約1000キロランドクルーザーの旅
・9/25~29 カトマンズ
・9/29~10/1 香港、帰国
・●9/12
・札幌千歳を午後2時に息子金太郎と二人で発ち北京へ17:40(北京時間)4時間40分で到着、Rさん(元エコニクス社員)の空港での出迎えを受け北京市内の永安賓館ホテルへ、チベットへの入境許可書がFAXで今日届いたとのことで一安心。久しぶりのRさんと食事を伴にする。
・●9/13
・朝5時起床、北京でのラン、小雨の中をホテルから北京農展覧館前から東直門外大街の自転車道を追いかけられながら3里頓路へ左折し、工人体育場北路へ出て左折し東三環北路をもどりホテルへ約5㌔を走る、小雨であり到着した昨日より空気も綺麗で道も広く走りやすい。しかし道路の横断が難しい、信号もあるが車バイク、自転車の洪水で危ない、北京の人々はその中をかき分けて空間があれば割り込み横断している、後に着いてようやく渡る。此処北京では信号は機能してないようである。「赤信号も皆が渡れば青信号」どちらが優先権を取るかで流れが決まる。
今日の予定は,ラサ行きの手配と環境評価などの中国政府機関を訪問の予定、
しかし予定の時間になっても劉さんが来ない、北京では渋滞で約束の時間には会えないのが日常であり昼頃になる。ラサ行きの航空券が満席で取れない、いろいろ交渉して9/15北京から成都で乗り継ぎラサへ行くことの手配が出来た、しかし成都からラサへはFクラスである、息子は喜んでいる、止むを得ない。これでラサへは行ける安心。
●9/14万里の長城(八達嶺)へ
朝同じくラン、5時起床矢張り今日も小雨、息子と昨日と同じコースを5㌔走る、帰りにホテル前で朝食(お粥、揚げパン、ゆで卵)をとる。
息子は親父の関係で中国の様々な人と会い緊張が続き疲れが見える。しかし今日は息子は初めての万里の長城の気楽な観光である。
北京~60キロほどであるが都心から高速に乗っても渋滞で進まない、峠に差し掛かるとトラックが列を作りゆっくりと真っ黒い排ガスを出しながら登っている、丁度排気口が我々乗用車の窓あたりであり窓を閉めるが喉が痛い、ようやく下りになり離れる事ができ昼頃到着、昼食を取り見学することにする、食堂が並んでいる、向うと突然各店の女性が一斉に呼び込みが始める、それが拡声器を我々の顔の前に出し各店の呼び込みが始まる、、呼び声で自分の店へ追い込むのである、その合戦がすさまじい、、、追い込まれ入る、気迫に驚き!
麺を肩に乗せ削るラーメンのようなモノを食べることにした、厨房で見せるからと誘われてみるTVで見たことがあるが見るのも食べるのも始めてである、牛肉のチャシューと合いなかなか美味い、長城のピークまでロープウエーで登る霧で回りは見えない、そこから下ってくるのだが急なアップダウンで足は滑る、危険である、約時間ほど下りようやく出口を見つけた、、、此処が最初のロープウエイー上り口のはずだが、ロープウエーもある間違いない、、しかし変だ、車が居ない、、、此処は違う、、、何処か、、、変な男が近づいてきた、、、中国語で何か言っている、ロープウエーの半券を見せて此処へ行きたいとジェスチャーで尋ねる、、タクシーで送ると言っている、怪しい、、、劉さんへ電話してその男と話をさせる最初のところまで送るから乗って来てくださいとのこと、なんとボロの軽4の白タクである道に迷う人を待ち商売している、幾らだと聞くと60元(北京の初則10元)高すぎると値切る、山を越えていくから遠いのだと返事、妥協する、乗ってから解ったが、女性が案内している方向に皆歩いている、、、さっき声を掛けられたが何かの売込みだと無視した、、、御免なさい。
上り坂を登ったら直ぐでした、まんまとやられました。この運転手は今日の稼ぎは終わりだろう、、、
北京の中心街へ向う天安門まで送ってもらう、しかし車は動かない10㌔ぐらいで2時間かかる走るほうが速い、天安門広場とてつもなく広いが周辺にビルが建ち以前より狭く感じる。雨が降ってきた、早速カバンを下げた女性が傘を取り出し商売を始める、流石だ、、息子は買う10元、此処から玉府井街北京銀座銀座へ歩いて行く、買い物客であふれているこの活気は4.50年前の日本である、見ていると幾らでも物が売れるようである、人々は両手に買い物袋を下げている、何か懐かしく思える。
Rさんと奥さんとで夕食を6:30の約束をしたので地下鉄でホテル近くまで戻る、しかしそこから5㌔ほどでありタクシーと考えたが全く拾えない
歩きながら空車を探す、全く無い、走れないから降りる人も無く、空車が無い、
歩き、歩き、、、、、
空車をようやく見つけるが近くはダメと断られる、7時半にホテルへ到着、Rさんが待った居るのではと心配、しかし居ない奥さんを迎えに行ったが動けないとのこと9時過ぎに合い夕食、息子は北京最後の夜を堪能しに出かける。
北京市内だけで300万台以上の車があり周辺も入れると倍ぐらいあるとのことであり、到底オリンピックは渋滞で運営出来そうも無く期間中会社は休業にして車を半分にするようである、それと地下鉄新線が4.5本市内を走るようである。北京は道路など社会資本の整備は此処10年ほどで大きく進められているが押し寄せる車社会に追いついていない、人口は世界最大の都市であろう、周辺人口も入れると3000万から4000万人といわれており、北京郊外での高層マンションが数百立ち並び更に数百建設中である、殆どのマンションは建築後6ヶ月で完売される、購入代金は日本とあまり変わらないとか、この経済力は何処から、、、、不動産価値が担保力で長期のローンを組んでいるようである。※写真は無く御免なさい、ドコモW携帯は海外で写した写真は国内では通信できないので自分へ送付できない事が判明、海外から自分へ送付しなければなりません皆様も気を付けましょう。北京以外は自分のカメラで写しておりますので掲載します。  

Posted by 走るキンサク at 12:56Comments(0)走る金作チベツトを行く西遊記

2007年10月20日

久しぶりのラン10/20.23.24.26.27

・10/31 日曜日に走る予定が冬ガコイに時間がかかり走れなくなり、月末の今日慌てて夕方真駒内公園まで15㌔走りました、途中横断歩道の無い交差点で車道を渡るとお巡りさんが横断歩道を渡るようにと注意、横断歩道の無い交差点ですから車に注意して渡りましたと言ったら、100m以上先の横断歩道を指してあれを渡りなさいとキツイ口調で注意、交差点に横断歩道の無い交差点は多いがどうするのですか?構っていられないと思い帰ってきた。10月124キロでした。
・10/27 昨日ブログへランの誘いが少なく寂しいですと叫んだら、早速Kさんからお誘いで朝から真駒内公園一周18㌔、Kさんもここ数ヶ月腰が痛く安静で走れませんでしたが、我慢の界があり走れるようになり久しぶりのランデブランでした、天気も良く気持ち良い走り、LSDの師Sさんとも久しぶりサロマ以来で会いました、74歳で昨年より今年更にタイムが上がったと元気です、驚きです現状維持だけでも大変なのに、、、、Kさんは戻って更に旭が丘公園への登りに向かう。皆さん元気ですね、、私も頑張れ!今月109キロ明日も走ろう、、
・10/26 先日お誘いの℡あり今日朝6:30から北大一周7㌔を走る、北大の紅葉も素晴らしい、遠方からの友来る、、で走ると何か格別な物を感じて力が湧く、最近ランのお誘いが少なくなり寂しい気持ちになっておりました、、、声を掛けてください。今月91キロ少ないですね、、、これから追い込もう、、
・10/24夕方何時ものコースを10㌔走る、円山の下りで左足首が痛い、騙し騙し走る、昨日より紅葉が更に綺麗である、この綺麗もこれから崩れ、落ち葉となるかと寂しく思い自然の哀れさを感じながら自分を思う。
・10/23 朝いえから円山公園一周6㌔走る、紅葉が綺麗だ、ようやく走る事になれてきた明日も頑張ろう。
・10/20 チベットからもどり調子が今ひとつ本当でなく、走る気持ちになれませんでした。
ようやく今朝走りたいと体がせがみ朝起きました、しかし雨、止むのを待つて走る、午後予定がありミュウヘン橋からもどり10㌔、矢張りホームグランドは良いですね空気も美味い、明日も走ろう。
チベット文化圏(ヒマラヤ山脈南北圏)の旅行記まだかとせがまれておりますが、まとめておりますので近々連載でアップします、ご期待ください。  

Posted by 走るキンサク at 17:33Comments(1)10月チベット高度練習の成果は?

2007年10月18日

高度特訓の後遺症

札幌マラソンも最悪で高度特訓の疲れが身体を蝕むことがわかりました、高地での練習は確かに効果があるがしかしその反動が必ずあり、効果と本番のピークの合わせる調整が難しいのではないかと思います。それと高度と能力の合わせ方も大切でランナーレベルにより考えなければならないのではないでしょうか、色々な選手が高度練習を取り入れているがやりすぎであまり良い結果は出ていないように思います。高度を下げた直前は驚くほどの効果がありましたが、特に私など回復の遅い高齢者は後遺症を充分考慮すべきです。
10/12ようやく走る気持ちなり円山公園一周6㌔してきました、今月48㌔です。一気に寒くなり気持ちが下がってます、気合を入れてください。  

Posted by 走るキンサク at 11:12Comments(0)10月チベット高度練習の成果は?

2007年10月07日

高度訓練の成果は?札幌マラソンハーフで試してみる。

残念ながら羅臼で風邪をもらい昨日は寝てました、女房の止めなさいのレッドカードを無視して参加、旅、羅臼の疲れと病み上がりの体にはこたえました、2:10でした高度訓練は年寄りには疲労が残り成果は疑問でした。今月42㌔  

Posted by 走るキンサク at 15:52Comments(0)10月チベット高度練習の成果は?

2007年10月05日

今日は羅臼で12km早朝ラン

10/1帰国ご直ぐに羅臼に出張で4.5日と朝6時から走る、4年前沿岸マラソンで走った道懐かしく思いながらN先生Yさん、Aさんと8㌔と13㌔走る。港が深層水を活用した衛生管理型漁港に変わり鮭で活気付いてた10年前に深層水の提案をしてここまで来たかと思うと感無量である、疲れているわりには走れる、高度の成果か?、走り終えて朝の温泉に入り汗を流す、羅臼にくるまで20日以上風呂らしきものに入っていなかったので、、、、しかしその後上がって風邪を引いている人に会いヤバイと思ったら矢張りもらったようである、札幌に帰り寝込む。  

Posted by 走るキンサク at 18:00Comments(0)10月チベット高度練習の成果は?

2007年10月02日

チベットからの帰還、成果は如何に、、、

昨日10/1、20日振りに札幌の空気を吸いました、美味いな、、、、ビールも1番!
皆様のお陰で無事に帰ることが出来ました、50年前の私立ち日本社会と現代文明とが入り乱れその中ですさまじい勢いで経済発展する中国社会の混雑の中での社会秩序には私は目が回りました、数百年は変わることなく続いているチベット文化と急速に進む車社会と携帯電話を中心とする情報化社会,おとぎ話と現代社会、そして4000mから5200m高度での生活で頭が混乱でした、
、北京で3日間準備に滞在して、息子金太郎を孫悟空に現地で雇ったガイドを猪八戒、ドライバーを沙悟浄に白馬をトヨタランドクルーザーでラサ(3600m)~ギャンッエ(3800m)、サキヤ(4200m)(チョロランマBC(5200m)そしてヒマラヤを越えてチベットからカトマンズの1200㌔の走る金作西遊記でした。勿論走りました、北京では13日車は多く自転車道路5㌔を小雨の中走りました、雨の早朝で排気ガスはあまり気にならなかった、しかし横断歩道は車とバイクと自転車で恐ろしくて渡れない信号もあるがどうなっているのかわから無いクラクションの騒音の中を人に付いて渡る。道路整備は進めているが増大する車に追いつかない北京では年間300万台増えるそうです、信じられない、市内5㌔車で進むのに1時間かかり約束時間はいい加減、、、歩くのと速度は変わらない。オリンピックは車の環境問題ではなく規制して半分にしなければ運営は出来ない。
翌日も同じく5㌔はしりました。ラサ3600では走れませんでした、歩くのが限界でした、その後も同じで5200では頭は完全に機能しなく思考能力はゼロに近い状態でゆっくり歩く以外ダメ、しかし国境の町ザンム2850の町は箱根の温泉街と似ており急な坂道の両側にホテル、商店が建ち並ぶその坂道2㌔を往復して走る、しかし野犬が多く恐ろしいので7㌔でホテルへ戻る、高度での生活になれて2850に着たのでこの上り坂でも苦しくない、、驚きでした矢張り高度での生活は凄い、
その後カトマンズ1350で雨の中10㌔を2回走りました、旅に疲れがあるが札幌マラソン楽しみです、明日から知床羅臼に出張です再度走り調整してきます。
まだチベットボケですので改めて報告します。続きを見てください写真大きく出来ます。
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Posted by 走るキンサク at 12:40Comments(5)10月チベット高度練習の成果は?