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  スポーツ  |  札幌市中央区

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プロフィール
走るキンサク
走るキンサク
 氏名    橋    金作
        走 る キンサク(74歳)

●主な役職
株式会社エコニクス創業相談役
㈱沿海調査エンジニヤリング相談役、 
(財)電気保安協会 理事、
(元)北海道経済連合会常任理事
●趣味スポーツ歴
・日本海沿岸走5800㌔走破
 北海道沿岸道3000㌔走破、
 青森竜飛岬から青森・秋田・山形・新潟・富山・石川・福井・京都・兵庫・鳥取・島根・山 口・福岡・佐賀・長崎県野母崎の日本海沿岸2800㌔走破、九州最南端佐多岬ヘ、青森大間崎から太平洋沿岸久慈海女ちゃん小袖浜へ更に陸奥海岸復興視察ランで女川へ
・サロマ100㌔ウルトラマラソン4回完走、
・札幌スキーマラソン50キロ15回完走、
・オホーック85㌔スキーマラソン11回完走、
・ヒマラヤ カラパタール5545m、ゴーキョピーク5357m登頂。
・エベレストBCへ2度(チベット側チョロランマ、ネパール側サガールマーター)
・国際潜水教師協会理事(NAUI)元インストラクターDr、
・他に北海道、東京、ホノルル、洞爺、千歳、網走等のフル、利尻一周55㌔マラソン等など完走、自転車、水泳、カヌーなど
平成 2016年 3月 現在
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2008年05月31日

4/29 モンラからドーレ(4328m)

朝5時起床、今日も体調は良し、脈57、酸素濃度は80。
此処峠の上から一気にタウチエの村の川まで下りの500mである、これが急で下りの苦手な私には危ない、、帰りはこれを登るのかと思うと嫌になる、しかしとり越し苦労は止めて今を大事に下る。今度は川岸からドーレまで700mの長い登りが続く、気温が上がり暑い、途中谷の向い側のタウチ傾斜に崖を横切るようにパンボチエからの道が続いている、危ないだろうと考える。
しかしこちらも向かいから同じように見えているのだろう。タウチの氷河から長い1000m位の導水管が下まで繋がっている水力発電所である。氷河のから流れる滝が幾つもある冷たく綺麗である、シャルパ、ポーター達は美味そうに飲んでいる、つい私達も飲みたくなる、、しかしこれが危ない腹を壊す元である。地元の人は一本300円もするミネラル水は高くて(一日の給金相当)飲めないので無料の流水を飲む。ドンドン高度が上がり遠くの山裾にチョルテン(旗)が微かに見える。あれの向うが今日の宿泊場所のドーレである。頑張ろう!このあたりはモンラと違い石楠花の林であり日陰が涼しい。上りきった尾根の下の盆地にドーレの部落が見える、ロッチへ入り遅い昼食、午後は高度順応で休息、この村が森林限界のようで此処から上は森林は無くハイ松類に変わる。  気温が高く暖かいので外でストレッチをしながら休息をしながら汗で濡れたシャッなどを干す、しかし急速に気温が下がり寒い、薄着で居たので体温を下げて鼻水がでる、室内に入るが暖も無く寒い、夕方酸素濃度を測ると73まで下がっていた、風を引いては大変とダウンを着込みストーブに火を入れて貰う、やはり体温調整が大事。夕食時にニンニクスープを飲み、持ち込んだ日本食を食べ元気を補給。                   
   
同じロッチに若い男女2人が居る、男子が元気が無い、聞くと数日前から下痢がひどく食欲も無い途の事、ナムチで肉入りのモモ(水餃子)を食べて当ったようである、どうも北大地環研の学生であり、エコニクスを知っていた。細菌性の食中毒なら抗生薬を上げ様と思ったが薬の入ったバックが見当たらないどこかで忘れてきたようだ。今日は速めに寝よう、、、、
  

Posted by 走るキンサク at 14:51Comments(0)ヒマラヤゴーキョ5357m遠征報告

2008年05月31日

4/28ナムチエからモンラ(4150m)へ

朝.5時起床、何時ものとおりトイレへ調子は良い。前夜雨が激しく降り雷が鳴っていた。
脈拍は57、血中酸素83、体調は問題ないが矢張り後頭部が少し重い、この高さ3000以上で一日高度順応する予定であったが既にジョルサレ(2740m)で宿泊したので日程からその余裕は無くモンラへ向けて出発、今後これがどのような影響が出るか心配である。
昔来た懐かしい道を登り、クムジュン村へとの登り道の分岐点から山裾を平坦にトラパスしていく此処からヒマラヤ神々の山の展望が始まる、後ろにコンデ、谷向いに右手にサムセルク(m)、後ろにコンデ、左手上に聖山クンビラ(日本の金毘羅の元祖)前方にローッエ、その陰から顔を見せるサガルマーターピーク(エベレスト)、
その手前に乙女の首飾りと言われるアマダラム(m)左前方から近づいてくるタウチエ(m)、青空のキャンバスに白く輝く氷河の山々の大パノラマ、思わず手を合わせ崇める。                 そんな中を歩くが昔と比べると道は整備され歩きやすい、途中手作業で道を整備している人夫がいる、その先にお坊さんが椅子に座り寄付を懇願している、これでこの道を整えているので坊さん道路と名が付いている。私達も浄財を寄付する、、、、払わないでは通過できない雰囲気である。

更に歩くと昔、掘建て小屋のお店があったケンジョマに到着、今では綺麗なロッチとなり昔の面影は無い、此処で昼食、天気も良く暖かいので外のテーブルで前面に聳え立つサムセルクを眺めながら昼食を取る、此処からこれから先の急斜面を横切りながらの登るが続く道が見える、頑張ろう。午後の出発!山一面が石楠花、花のトンネルを潜りながら行く、途中からカラパタール(エベレストBC)と我々が行くゴーキョーの分岐点に到着、我々の道は此処から登りとなる、道案内にゴーキョまで7時間と書いてある、我々はこれから5日掛けて行くのであるが、、、これは地元シャルパの足の速度、驚く!まるで新幹線、忍者である。崖道を登るにつれて高くなり下を見ると恐ろしい。前方にこの地方最大のゴンパ(チベット寺)があるパンボチエが見える、サムセルクのか陰になっいたカンデカの姿が見えてきた、ピークは四方が氷河で完全な絶壁に囲まれた山で登れるのだろうかと思うほどである、やはり難しくアタックする人は少ないようである。
ヘリの飛ぶ音が聞こえる谷間を飛んでいる、何度も繰り返し何かを探している、救助ヘリである(日本人の救助であったが残念ながら高山病で亡くなった)、ヒマラヤ鷲も飛んでい
る。前方にタウチエが近づき迫ってくる。先の峠が今日の宿泊ロッチモンラである。
午後3時に到着、ロッチからはグルット、ヒマールが見える、しかし峠の上で風が強く寒い、4時過ぎヤクの糞燃料のストーブに火が入り体が温まる。
此処は峠の上で水が無く下から女性がポリタンで汲んでくる、水は貴重でミネラル水は高くなり1L300円(ナムチエは200円)である、我々お客3人には魔法瓶一本のお湯が割り当てでありそれ以上は有料となる。トイレは流すのではなくボットンで枯葉で覆い狭い急斜面の畑へ落とし肥料にしている。
このロッチには4、5歳の子供がおり日本から持ってきた五勝手屋の円筒羊羹より、食べ残りのケースが珍しくオモチヤにして遊んでいた。夜寒いので湯たんぽを入れる事とする、朝はその水で洗面と歯磨きに利用する。夜8時就寝。
  

Posted by 走るキンサク at 14:44Comments(0)ヒマラヤゴーキョ5357m遠征報告

2008年05月29日

4/27ジュルサレ(2740)からナムチバザール(3440)

・ 4/27 ジュルサレ(2740m)からナムチエバザール(3440m)へ
朝4時起床、何時ものようにトイレへウンコの出も良好、しかし水がタンクに無く流せない。
今日からいよいよ3000mを越える本格的な高地へ入る、脈拍54、血中酸素濃度94でベストな体調。朝食を6時に済ませ7時出発でナムチエへ昼過ぎに到着の予定である。
メンバー皆元気である、多かれ少なかれこれから色々な高地での障害が出てくる、兎に角、水を一日4.5L飲むことである、しかし高山病を軽く考えている様であまり意識して飲もうとしてない。私は食事前に紅茶をマグコップ(350cc)で2杯、味噌汁を一杯、食後日本茶を2杯飲む、これを3食繰り返し4.5L、歩きながら1L,夜500ccで合計5L以上飲むことにしている、それだけ小便の回数が多くなるがこれが効果的である。
ナムチエへ向けてここから約700mの登り出発!ロッチを出ると直ぐに吊り橋となる、15年前の木造の橋は新しく架け替えられ、途中でその残骸を何か懐かしく眺めながら渡る。

川原を歩き川岸のアップダウンを繰り返す、前方にドウドコシ川の深い渓谷が見える、その上高さ5.60mに吊り橋が掛かっている、ドウドコシ川最大の橋である。それを目指して登りが続く、ここからナムチエまで連続700mの登りであり、この高地のダメージがこの先の運命を決める、兎に角、ゆっくり、ゆっくり、先は長い、あると思うな金と親と力と言い聞かせ気持ちを抑える、これはマラソンです。橋の入り口に付く、橋を牛のキャラバンが行く、一緒には渡れない、ここではお先にどうぞと行かせる。渓谷を吹き抜ける風が強く左右に揺れている、静かに静かに、恐る恐る渡る、真中辺りでは更に風が強く帽子が飛びそう、無事に渡る、今度は急な石階段の下り、そして登り渓谷が良く見えるところで休息、一緒のSさんが昔アタックしたコスムコングラ(6367m)のピークが奇麗に見える、更に長い登りが続く、昔を思い出し懐かしんで上り続ける、SEさんが元気無い様である、矢張り高地の影響が出て来た様である、兎に角ゆっくり、行こう、、、尾根を登りきるとエベレストが最初に見えるエベレストビューに到着、ピークが見える、矢張り昔と変わってなく素晴らしい、
ここから木々に囲まれた緩やかな登り道が続く、、、昔と違い木々が生長し緑が濃く何か長閑である、ナムチの村が見えてきた、これは空気が薄く澄んでおる近くに見えるが遠いのである、そして山裾をグルット回るので距離はまだまだある、村の入口に軍のチエックゲートがありチエック、いよいよ村へ入る、ここは山の傾斜に段々畑条に家々建っている。共同の水汲み場があり多くの少女達が洗濯をしている、恐らく洗濯屋の女だろう、、、多くの洗濯物を石垣で干している、ここの水は氷河の溶けて水でありとてっも無く冷たく我々は手をつけられない、今日のロッチは眺望を考慮してここから100mほど上にあるここから更に登る、SEさんは辛そう、一歩1歩と店の路地を登り1時過ぎ到着、早速紅茶を飲み昼食、SE,HYさん伴に食欲が無い、午後は此処で休息し明日からに備える、村の前面にカンデが迫るロッチのデッキで椅子に腰掛け眺め見る、午後になり急激に気温が下がり寒くなり室内へ。
矢張りSEさんの様態が思わしくない、酸素濃度が低く酸素吸入をする、ニンニクスープが効果的と飲むんで見る、落ち着いてきたが酸素吸入を外すと苦しい様である、今夜は酸素吸入をして眠り明日大事をとり下山する事にする、ご主人のSMさんがサブガイドの付き添いで下山する事を決める、ゴーキョ行きを楽しみにしていたが矢張り奥様第一と勇気ある撤退を決断、流石に羅臼の山男である。しかし今夜の吸入の酸素が足りない、こここから更に上のホテルにあるようである、しかし使用料が高い、丁度知り合いのセルパーガイドが持っていると聞き手配する、それでも200ドルである。明日からはHY,MT,と私の3名でゴーキョーへ向かう、S夫妻とはカトマンズで再会と3の内1人でもゴーキョピーク(5360m)へ登頂してくださいと励まされ、それを誓い此処で別れる事とした、明日から更に6日間歩き2200m上がるゆっくり、ゆっくり行こう。


  

Posted by 走るキンサク at 17:02Comments(0)ヒマラヤゴーキョ5357m遠征報告

2008年05月26日

5/25環境サミット記念洞爺マラソン参加

5/25 環境サミット記念、洞爺マラソンとヒマラヤ高地帰りの効果は如何か、、、それも試したくて参加してきました。
今日朝4時半に起床、雨を覚悟していたが札幌は曇り、これはベストコンデションと喜ぶ、KHさんを迎えへ我がエコニクスRCのSM,UT君と合流し中山峠へ向い、更にHY,HDと応援に駆けつけてくれたKWと合流、7時過ぎに車の中で愛妻オニギリを食べ洞爺温泉へ向う、近くになるにつれ雨が激しくなる、雨のマラソン大会になる、、何を着て走るか、雨が多くなれば寒い、着すぎては上がれば暑いだろう、迷う、、、流石記念大会温泉街に入る頃から渋滞、受付時間が過ぎる、皆の受付を纏めて済ませるため近くで降りて走る、車の駐車場が満車で止められない、山の上の空き地に止め雨の中会場へ向う、着替えなどは外で雨の中準備を行う、思うように進まずスタート時間が迫る、昼抜きで走るので事前に腹ごしらえをする。準備運動もアップも出来ずスタート場所へ、その間我がチームと逸れる、スタート~10キロは㌔7分位で遅く遅く行きその後6分30で走り20㌔以後6分で追い込み平均㌔6分30秒で上がりは4時間35分のイーブン走の戦略でスタート、号砲からスタート位置まで3分位かかり走り出す、ゆつくり、ゆっくり走るドンドン抜かれ焦る、決局ネットタイムで10㌔62分ぐらいで入る、これは速すぎ、、6分30より遅くしなければならないのに皆に引っ張られてしまつた、スター時は雨も上がり霧雨程度で気温が上がってきた、これはロングタイツ、シャツに雨よけのゴミブクロ暑すぎの感じ、半そで、半パンにするべきであったと反省しながら走る、15㌔過ぎから又雨が降り始め寒い、ロングシャツの袖が濡れて重い、搾りながら走る、SKが後ろから来たそろそろ速度を上げてマイペースで行くようにと進めるがなかなか行かない、しかし20㌔手前から見えなくなった、徐々に速度を上げているのが解る、ハーフ地点で計画の㌔6分30秒ペースこのままで行こう、前半で抜いていったランナーが遅れてきて落ちてくる、ドンドン抜き返し気持ちが良い、まだ余裕がある、30㌔からもう一段上げ4時間30でゴールできるのでは、、、此処で持参して来たお粥を食べ燃料を補給。スタートで呼吸を軽くするノーズテープを張るのを忘れていたのを思い出し25㌔あたりで張ろうとするが雨で顔 が濡れ張れない、途中お店の軒下を借りて張るが濡れた顔を拭くものが無い確かテッシュをウエストバックに入れたはずが見当たらない、ようやくシャツの端でふき取り張る、しかし鼻の上のほうに張りすぎあまり効果が無い、時間ロスをししてしまった。
30㌔3時間15分計画どうりこれからが勝負、ここでKWさんの会長の一声!更に元気付く。一番苦しむ残り12㌔であるがフルマラソンの味わいどころ、此処が楽しみどころだと言い聞かせ元気つける、しかしそろそろ足に来ている、ストレッチをして追い上げる、、40㌔手前でSKに追いつく、、歩いているのではないか、どうしたと発破を掛け!走る、付いてくるそのままへ引っ張り40㌔関門到着、此処でSK君へ、年寄りの俺に負けたら恥ずかしいぞ、、!と気合を入れる、流石若者、失礼しますと飛んで行き見えなくなった。そしてびしょ濡れのゴール4時間44分ネット41分ぐらいか、皆さんお疲れさまでした。応援してくれたKWさん有難う温泉に入り帰宅、ビールで乾杯!、今月114キロ  

2008年05月22日

4/26チュタワ(2591m)からジュムサレ(2740m)へ

・ 4/26チュタワ(2591m)からジョルサレ(2740m)へ



・ 昨夜12時ごろ一度トイレへ朝5時に起きトイレへ、暗くヘットランプ持参で用を足す、水洗であるが水が出ない汲んで流す。脈拍51、血中酸素93で良好、朝から鳥がフイーフイーと鳴いている。
・ 7時朝食卵焼きとナン、鮭のお粥、紅茶を2杯、こちらネパールの食事は飽きてきた。
・ 8時出る、道は以前と違い歩き易い、途中ロッチ、レストラン等いろいろな施設が整い昔のようにテント泊の必要は無く、観光産業の発展を感じ取れる。昔渡った木製の麻ロープのつり橋は鋼鉄ワイヤのつり橋と変わり安心できる、しかし揺れは同じである。アップダウンの道を行くとナバウゾンの部落に山の上数百mから取水している水力発電所(70キロワット)が出来ていた。気温は高く20℃ぐらいはある、ベンカで昼食ここは滝の名所の様であるが乾季で水は無くレストランの外の椅子に腰掛けながら滝跡から絶景を創造する。午後12時過ぎから急速に曇り風が強くなり一気に気温が下がる、店内で昼食を取る。梨、林檎など日本から移植した木々の花が咲き綺麗である、昔は無かったが日本からの経済援助で果樹園が産業化されている。途中ジョルサレのサガルマーター公園エントリーゲートで許可書などと手荷物のチエックを受ける、北京オリンピック聖火のエベレスト登頂が迫り周辺は入山禁止であり叉チベット問題の抗議を阻止するための厳重なチエックを受ける、私のリュックの日本手ぬぐいのプリントが阻止メッセイジーと間違えられ没収、説明するが手ぬぐいに文字をプリントする習慣は外国では無いようでガイドのセルパーの通訳を通じようやく理解。長いつり橋を渡り右折少し行くと今日宿泊のジョルサレのロッチである。夕食は7時持ち込んだタマゴスープにトロロ昆布を入れ現地ダルパードルに卵振り掛けを掛けて食べる。寝袋に布団を掛けて寝る、気温はそれ程低くは無いが兎に角寒い、ここ辺りから水を兎に角飲む日に4~5Lは飲まなくてはならない夜2度のトイレへ暗くヘットランプは必携。
  

Posted by 走るキンサク at 20:24Comments(0)ヒマラヤゴーキョ5357m遠征報告

2008年05月22日

5/18.21洞爺マラへの備え

・5/18 昨日は何か調子が出ず、21㌔ほどで途中で走るのが嫌になりましたが、これでは洞爺問題と今日も走ろうと真駒内公園へ、天気は気持ちが良いがしかし気温が上がり暑さにまだ慣れていない身で堪えました、コンビにでコーラーを買い飲みながら歩きました、こんな事でどうする、矢張り高地のダメージから今だ抜け出せない、明日から2.3日休もう。今月66㌔。
・5/21 今週は洞爺へ備え走らないで置こう、、、しかし心配夕方円山公園一周へ出かける。疲れは抜けた様で身体が軽い、本調子に戻ったようである、、、もう少し走ろうかな、、、しかしここは抑えて!抑えて!この調子を洞爺まで維持しよう。何とか目処が建ってきた。今月72キロ  

2008年05月17日

4/23.24.25千歳からカトマンズ、そしてルクラへの旅

●4/23朝千歳空港へ
11時SA夫妻、MTと落ち合う。国際ターミナルの北洋銀行でトラベルチケットから$に換金、驚きTCから$に直接は換金できないとのこと、一度日本円に換金してそれから更に$へと2重に手数料を取るシステムに驚き、これは銀行の陰謀です。昨年一ドル119円で買ったTCで今回の旅行を計画していたが円高と手数料の倍付け、出発の門出から何か心配、、、大韓航空のカウンタで搭乗手続き、、荷物の計量、1人20㌔までとか4人で80㌔がリミット、しかし合計で15㌔ほどオバーでカトマンヅまでの追加料金98000円を請求される、何!機内への持込荷物する事で減量、しかし体積が規定以内でなければ認めないとの事、ぎりぎりOKそれでも5㌔ほどオバーとのことであるが、負けてくれた。こんな事は始めてである。我々より大きな重そうな荷物が他にあるのにどうなっているか、、、千歳カトマンズ往復航空運賃1人税金など込みで約10万であるのに15㌔オバーで98000円超過量とは驚きです。結局超過量は無しでした、帰りはもっと重くても何も言われなかった、大韓航空もいい加減です。午後2時韓国ソウルの新しい飛行場仁川(イチョン)へ東京から参加のHYさんと合流、トランジットホテルへ明日は5時起床でカトマンズへ向かう。
●4/24現地時間の午後カトマンズ着、
早速ホテルへそして打ち合わせ、トレッキング会社が準備した大型のバックに詰め替え明日からの準備をする。マロントレッのラム社長夫妻と子供達と皆で夕食をとる。明日は朝7時のフライトで5時起きであり早く寝よう。
●4/25カトマンズ~ルクラへ
小型航空機で30分ほどである。フライト時刻は朝7時以降搭乗できる準備をして待ち全て天候状況で決める、これは15年前と同じである。天気状況がよければ一斉に飛び立ち悪くなれば直ぐに中止となる。結局搭乗できたのは12時30分頃であった。山間の崖の上にある登り傾斜の飛行場へ着陸するのであるが恐ろしい、登りで減速し建物の間近で右へカーブを切り止まる。無事ルクラに到着した、拍手!予定どおり今日着けた。
15年前はジャリ道の滑走路は舗装し、飛行場事務所も綺麗になっており街も大きく発展している。ここルクラは標高2800mほどでありカトマンズから車で来る事は出来なく途中ジリまで半日掛けて車で来て其処からセルパーの足で歩いて4、5日、私共の足では6日はかかる山奥の村である。飛行場は山を削り傾斜の滑走路でり崖の上に有る、、、恐ろしいところです。
到着後昼食(チャー麺)をとりながらこれから12日間私共の荷物を背負い支えてくれるシエルパー、ポーターとミーテング。
ここからは小型のザックにカメラ、着替え(一日に四季がある、ミネラル水、などトレッキングに最低必要な物だけ詰め、残り後の荷物20㌔ぐらいはポータが背負い我々の先を歩き、その日の宿泊ロッチまで荷揚げをしてくれる。
ここ2800mから300mほど下がり高地に順応させる、道は以前と比べると巾も広くなり石畳道で随分整備されている。しかし段々畑の田園風景は昔と変わらず懐かしく思い出す。カトマンズは蒸し暑く半袖で良かったがここは午後から急激に気温が上がりジャンバーを着る。しかし空気は薄く息切れはするので無理をせず兎に角、ゆっくり、ゆっくり、(ビスタリー、ビスタリー)と歩く到着時刻が遅れたことから予定の手前のチョタワ(2591m)に5:30ごろ着、ここのロッチ泊。
  

Posted by 走るキンサク at 17:51Comments(0)ヒマラヤゴーキョ5357m遠征報告

2008年05月17日

高地滞在は如何、5/15.17の走り

・5/15 帰国後3㌔痩せ喜んでおりましたが、身体の脂肪一枚剥ぎ落としたことから寒くて寒くて風邪を引きダウンしました。
13日寝込んで回復を待ちました。15日円山公園試し走10㌔、今だ高地で蓄えた血中ヘモグロビンが残っており体力は落ちているのに息切れはしません、まだ効き目が有ります。
・5/17 来週の洞爺フルに備えて今日あたりハーフを走りこまなければと真駒内公園へ天気も良く気持ち良い、、、しかしロングタイツ、シャツにベスト手袋では暑過ぎでした、豊平川河川敷も留守中で解放され初走り、新緑と八重桜、ツツジなど一斉に開花、先週居たヒマラヤも山一面が石楠花など満開でした綺麗ですね、、、4200m以上では花は殆ど無く荒涼とした岩盤と氷河の世界でした。お花は気持ちを安らぎます。途中先輩大御所ランナーSさんに会い帰国の報告、最近貧血気味でと洞爺マラソン心配をされていた、こちらは減量しすぎと山での疲れが心配です。
真駒内公園を回り円山公園へ戻り21㌔を走る、久々の気温が高い中でのランとや山での体力消耗のダメージが相当あるようで15キロ過ぎからダウン、、、何とか走り切りましたが高地での効果はどうやらピーク5357mから2週間が経ち限界のようです。
来週洞爺どうなる事か、、、ここ一週間で体力を着けよう。今月46キロ。  

2008年05月11日

ヒマラヤゴーキョピーク5357m我隊登頂し5/9無事帰国

・5/10ヒマラヤゴーキョピーク5357mを登頂し5/9無事に帰国、、高地順応の覚めないうちに成果を確認したく翌日円山公園から南19条折り返し10㌔を走る。下山後5/7カトマンズ市内(1350m)で5㌔走ったが更に高度を下げた札幌では如何だったでしょう、、、札幌の寒さに驚きました、その寒い中走りましたが旅の疲れも感じなく何時ものコースである円山公園の登りも息切れも無く驚き!5/3に最大高度5357mから約一週間であるが体内の酸素濃度は依然高く保たれている様である、恐らくこれからはどんどん下がり逆に疲れが出てきて不調になると思われる、2週間後の洞爺マラソンはどうなる事やら心配です、明日も試してみよう、途中Kさんに会う相変わらずの走り込みですね、、今月15㌔
・5/11 昨日も走りながらも寒さを感じていたが案の定風邪をしきました、ヒマラヤではダウン上下の寝袋、更に毛布を掛けて寝てましたが、我が家はもはや初夏仕様で薄い夏蒲団のみ急激の変化に身体が追いつけません、、、朝から寒くて起きられません、、、今日は身体を労わろうと母の日孝行で母、家内、私で小金湯温泉へ行き身体の芯から温めてきました。ヒマラヤでは2週間お風呂に入ってませんでした、気持ち良い!
ヒマラヤの報告をこれから整理して報告します。。。どんなハプニングが出てくるか、、お楽しみに  

Posted by 走るキンサク at 19:04Comments(2)ヒマラヤゴーキョ5357m遠征報告