さぽろぐ

  スポーツ  |  札幌市中央区

新規登録ログインヘルプ


プロフィール
走るキンサク
走るキンサク
 氏名    橋    金作
        走 る キンサク(75歳)

●主な役職
株式会社エコニクス創業相談役
㈱沿海調査エンジニヤリング相談役、 
(財)電気保安協会 理事、
(元)北海道経済連合会常任理事
●趣味スポーツ歴
・日本海沿岸走5800㌔走破
 北海道沿岸道3000㌔走破、
 青森竜飛岬から青森・秋田・山形・新潟・富山・石川・福井・京都・兵庫・鳥取・島根・山 口・福岡・佐賀・長崎県野母崎の日本海沿岸2800㌔走破、九州最南端佐多岬ヘ、青森大間崎から太平洋沿岸久慈海女ちゃん小袖浜へ更に陸奥海岸復興視察ランで女川へ
・サロマ100㌔ウルトラマラソン4回完走、
・札幌スキーマラソン50キロ15回完走、
・オホーック85㌔スキーマラソン11回完走、
・ヒマラヤ カラパタール5545m、ゴーキョピーク5357m登頂。
・エベレストBCへ2度(チベット側チョロランマ、ネパール側サガールマーター)
・国際潜水教師協会理事(NAUI)元インストラクターDr、
・他に北海道、東京、ホノルル、洞爺、千歳、網走等のフル、利尻一周55㌔マラソン等など完走、自転車、水泳、カヌーなど
平成 2017年 3月 現在
インフォメーション


QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 6人

2008年07月31日

200㌔めざし追い込み7/29.30.31

●7/29 夕方5時からの涼しくなったところで真駒内公園往復、日陰を選らんで走る、藻岩山湧水で何時もの給水、一昨日釧路での健闘で右足人差し指の爪が痛い、今日から月末までの3日間で40㌔走らなければ今月200㌔にならない、15㌔頑張る。
●7/30 昨日に続き今日も同じコースを夕方走る、暑い!、流石に釧路、昨日、今日と連続で疲れが溜まっているのが判る、、重い、、ミュウヘン橋からモイワ橋までの河川敷約1.5㌔を速度を上げて何時も走るようにしているが今日はその気になれない。
明日、後10㌔で月間200㌔の目標に届く、しかし仕事、夕方も飲み会があり走れない、、、と考えながら15㌔走る、しかし明日はどうしよう?朝走ろう、、、何か疲れたな、、、、
●7/31 今朝7時から円山公園と南19条を一回り10㌔へ向かう、矢張り疲れている僅か10㌔で有りながら長く感じる、今朝は日陰は涼しいが、日差しが何時もより強く痛い、足がだるく重い、、連日の疲れと思うが道沿岸走では毎日40㌔走りつづけていたのにたかが釧路から5日で70㌔日当たり14㌔で弱気になるとは本来の自己走り魂で無い事がわかる気の緩みである。
そんな事考えながらで10㌔走りこれで今月ようやく目標の200㌔達成した、昨年より当月では30㌔増。今年になり一月からで1244キロであるが昨年は1400キロ、160㌔少ない、これから8月、と秋でで追い越そう。  

2008年07月28日

釧路湿原30㌔マラソン

7/27 昨日土曜日から電車で釧路へ行き釧路根室のラン仲間と屋台炉端で乾杯し明日に備える、最初は少し心配で飲めなかったが30キロだと気楽になりつい飲みすぎました、アルコール燃料と夜食にオニギリを食べて炭水化物のエネルギーを入れ備える。朝から晴天、釧路は霧の都でなかったか、、、暑くなるのでは心配、昨年も晴れて気温が高かったが、今年はそれ以上暑くなりそう、7時に会場へ日陰に入ると寒いぐらいであるが、日を浴びるととてつもなく日差しが強く痛い、日焼け止めをたっぷり塗る、9時に昆布入りパン(釧路の名物パン屋)を食べ補給、9:30スタートゆっくり行こうと言い聞かせるが他のランナーがドンドン先を行くついつい引っ張られる、3㌔でタイムを見ると㌔5分30ペースこれでは危ないと6分に落とす、、、、前半抑えて後半から仕掛け平均㌔6分でゴールは3時間を切る事を目指して先へ行きたい人はどうぞ!と行かせる、しかし可愛い女性に抜かされるとついつい伴走したくなる、、小柄で高橋尚子と似た子、大型でラドクリフに似たの美人ランナー、ランスカが可愛い子など私を置いていく、、しかし後半追いつき食い物にしてやるから楽しみにして作戦のペースで走る、7㌔から徐々に上げる、10㌔手前でランスカお嬢さんを抜く、15㌔折り返しで一時間33分、まだまだ余裕まだ速度を上げれる、、、17キロで大型美女に追いつく、少し併走したくなったが誘惑に負けず抜く、更に可愛い尚子も抜く順調、暑さにも耐えれる、、日焼け止めが効いている、、、20㌔でスイカを食べ給水を充分にとりドンドン追い抜いていく時計を見るこの調子で行けば3時間は切れる、、しかしこのペースを持ち堪えることができるか心配、、、我が社開発中のメフンの秘薬でHbを増やし血中酸素濃度を高めた自分を信じ走ろう、これで効能エビデンスを証明できる、ドンドン行く持久力がある落ちない、ゴールのグランドへ入り後300m、時計を見る予定時間まで後2分、、、どうなるか計算できない、、兎に角走れメフンの秘薬を信じて「走れ金作」ゴール2時間59分35秒でした、万歳メフン秘薬の勝利でトップランナーと同じ2時間代の仲間入りを果せました。これで今月160キロです、後40㌔今週走り200キロにします。
仲間と釧路の温泉に入り汽車で一人ビールで乾杯し札幌へ戻りました。  

2008年07月24日

7/15・18・20・21・23と今月200キロ目指して、

7/27 釧路湿原マラソン30㌔に向けて7/15、15㌔・7/18、16㌔・7/20、15㌔・7/21、15㌔・7/23、10㌔走り今月130キロとなりました。暑さに弱い寒冷地育ちで弱っているのではと心配していたでしょうが、釧路と今月200キロ目指して暑さに負けずビールを楽しみに頑張っておりました。特に7/18は函館のラン友人が朝早く6時に自宅へ誘いにきてミューヘン橋から9条橋そして自宅への新しいコースを16㌔走りました、二人で走るとお互いが先頭に立ちだんだん速くなり気合が入りました。
その後20日、21日、23日で40㌔走り釧路に備えました、結果は如何でしょう、、、お楽しみに
応援してくれているランナーから今月は150キロはと言われましたが、走る金作は200キロ目指しております。  

2008年07月15日

7/9.10、函館、12サッポロ盤珪小林峠越えの走り

●7/9 函館出張夕方から五稜郭公園を4周、と往復で10㌔走る、久しぶりの函館天気も良く気持ち良い、、学生達が私を追い越して行く、、、何か「叔父さん遅いよ」と言われているようである、、、悔しいが競争する気持ちは無い、、、歳だなー!
●7/10 朝4時半に起き函館ラン仲間と3人で湯の川で5時過ぎから走る、松倉川沿いにランコースが有ると聞き、それを走る行き止まりとなりトラピスチヌ通りを登り修道院へ其処から下り浜辺まで9㌔ぐらい走る、磯の匂い、、、美味い、、ラン後のミネラル補給に身体が要求しているのだろう、、、その後温泉に行き朝風呂、、、良いですね、、、そして函館水産卸市場食堂で烏賊定食の朝食、、、、何か朝から贅沢です。
●7/12 今日はエコニクスRCの月例練習会、MY,HY,KY,KT、SK,と私そしてKWは自転車で伴走、モイワ山沿いに五輪橋まで行き北の沢を登り、更に小林峠を越え盤珪の伊藤社長実家の伊藤家の森へ15㌔走り、BQパーテーでビールで乾杯!
峠までの連続5㌔の登り、、、それも段々と急になる気温も高く暑い、、、自販機で飲み物をと200円入れる、、お釣がでる、、、しかし肝心の飲み物が出ない、、、自販機を叩く、、、でない更にボタンを押す出ない、、、持参したお金はこれで全部、、、諦める。KWが隣の自販機で皆の水補給に買っているこれをもらい助かる、、、これから先の長い登りは水無しでは無理であった。
KWは先に行った仲間を追いかけ補給する、、、KTは昨日飲み過ぎで命拾いの水で感謝、、、峠を越えて下り伊藤家へ到着、、社長とTDさんそして84歳とはとても思えない美人御婦人(社長の母)がBQの準備をして待っていてくれた、しかし先に行ったMY.HY,SKが居ない、、この場所は知らないので通り過ごしたらしい、、、KWが追いかけるが見当たらない様で引き返してくる、、、、、再度探しに行く、ようやく見つかり全員で乾杯!今月59㌔、走りが足りないですね。
  

2008年07月07日

暑さに負けず来年サロマへの7月の走り7/3・5

●7/3 屈辱を胸に、、、来年の完走を描き円山公園からS19往復10㌔走る、順調何でこのように走れなかったのか・・・・
●7/5日 中は暑くて走る気にはなれなかった、、、夕方真駒内公園往復15㌔、、、今年初めてのランニングシャッとランパン軽く走りやすい、、、河川敷に入り速度アップ練習、、、思っていたより早い、、、まだまだ行けると喜ぶ、、、帰りも速度アップする行きと同じ速度、、、、まだまだ若者には負けないと自信が湧いてきた、、、、今月末の釧路マラソン30㌔へ向けてスピード練習をしよう、これが来年のサロマに続く、、、、暑いが宮沢賢治の負けず精神で!
7/6は流石暑くて走れませんでした、、、、体を壊すので止め!  

2008年07月06日

仙人生活から3000m以下の俗社会ルクラ、そして帰国

5/6更なる下界パクデンからルクラへ
昨夜の久しぶりの飲みすぎから一夜が明けての早朝、至って元気である。
MTもHYさんも皆元気、やはり高度が下がると全然違う、、我々は仙人には成れない普通の俗人である。今日はトレッキング最後に日、のどかなネパールの田園風景を見、味わいながらドウドコシ川を一度100m下がりそこからルクラまで300mの久しぶりの登りである、しかし特にルクラ手前の200mの登りは堪えました。3000mを超えるハイヒマラヤ地帯とは違い高度が下がり緑も濃く植物など生き物の匂い、香りがして人々の生活が懐かしく感じる。昼過ぎルクラの軍監視のゲートを通過して到着。パクデン、ルクラともロッチからホテルらしくなりトイレもボットンからウエスタン式で水も流れ、部屋の壁もベニヤ板が両部屋から2重に張られている、
資材が豊かに見えるがカトマンズから歩いて6日はかけて担ぎ上げた物である、しかし3000m以下は物が豊富でゆとりを感じられる。ここルクラは午後になると寒く暖房が欲しくなる、、、そしてビールを飲むためにも、、、夕食まで休憩で荷物などの整理をする。
今日は朝から飛行機が飛ばなく多くの乗客が街にいるようである、明日どうか飛びますように、、、祈る。
夕食はストーブがある部屋、多くのお客でホテル(ロッチ)が一杯であり狭いテーブルでシルパ、ポーター達とお別れパーテーである、欧米の各国の人々も同じくパーテーでありホテル中が酒盛りである。ここでは文明が感じられ、ビールも食事も我々先進国の人々に合い、美味い、踊り、歌い、笛などで盛り上がり別れを惜しむ、、、セルパー、ポーターはここから家まで帰るのに何時間かかるか聞くと、、、「近い」と返事「どのぐらい」?「3日間」、、、驚き!歩く時間の感覚が違う。
道中ポーターの履いている靴(中国製の数百円の古いゴム靴)を見かねたのかMTは私のトレッキング靴(買い換える予定)サイズが合うようでしたらプレゼントと差し上げる、大変な喜びよう、ポーターはトレッキングシューズは買えないようである。
ここまで来ればもう安心、、地酒のチャー、ロキシーなどを飲む、、、高地で低酸素が効いているようで酔わない。明日は7時に飛行場である、、、しかしホテルの直ぐ横である、朝は早いのでほどほどに寝よう。
●5/7ルクラヒマールからお別れ
朝、何時ものように5時起床、寒い、、曇り、、、これでは飛べないのでは、、、、
兎に角7時に飛行場へ、、、、待合室で待つ、、、カトマンズを飛んだとのこと、、、後はルクラへ着陸ができるかである、、、手荷物検査が来るときと違い厳重である、、、折り畳みの傘も持ち込めない、、、日本人か?、OKである。一番機が到着、すぐに2番機、我々は3番機である、、、まだ着陸しない、、、天気が崩れないことを祈る。着陸し乗客を降ろし直ぐに乗せ飛び立つ、、ピストン輸送である、、飛行場は狭く2機しか駐機できない、離陸した後に我々の3番機が着陸、、これで帰れる。急いで乗り込みヒマラヤとお別れ、、、さようなら、、、、13日間仙人のような暮らし、車も無く、ただひたすら人々は歩く、、、すべての物が人間の足で運ばれる、、、、
食事は麦、米と野菜と香辛料であり100年以上前の生活である。今我々先進諸国が向かおうとしている脱炭層、低炭素社会とはこんな社会である、とても我々は生活できない、、、、しかし後進国にだけ押し付けて良いのだろうか、、、やはりモッタイナイ精神と脱炭層の社会構築の科学技術の研究開発とその援助が我々の責務であろう。
無事カトマンズへ到着、ここは車、オートバイ、人々の混雑、これが現実である。ホテルで13日振りのお風呂に入る、、、身体は汚れ浴槽の水は濁り驚く、、、しかし風呂の水が最初から濁っていた、、ネパールの水道の現状。今宵はネパール文化を堪能しながらの王宮料理で夕食、、、流石都会、食事は美味い、、
翌日朝王宮の回り10㌔ほど走る、何時ものように排気ガスで喉が痛い、今まで仙人暮らしには堪える、しかし苦しくは無い高度順応がまだ効いているようだ、、、帰国後の洞爺、千歳のフルマラソン、サロマ100㌔が楽しみである。
5/10韓国イチョン空港で宿泊して無事サッポロへ帰国しました。



皆さんご支援ありがとうございました、ゴーキョピークはグループ皆の登頂です。


  

Posted by 走るキンサク at 17:52Comments(0)ヒマラヤゴーキョ5357m遠征報告

2008年07月03日

5/5いよいよ下界、、、ビールで乾杯

●5/5 ケンジョマからパクデンへ1000m下がる。
高度も下がり空気も何か柔らかく美味し、、、夜も今までよりぐっすり眠れる。
今日は朝から曇り、来たときのようにエベレストも他の山々も見えない、平坦道を行く、3500m辺りは人々の生活を感じるが、野生動物も多く見られネパールの国鳥ダフエ(皇帝キジ)、鹿、鷲などが別れの見送りをしてくれているように多く現れる、ナムチェバザールへ9時半頃到着。この村の上の方に小学校がある10時からの開校であり下の方から登り道を皆元気に歩いて登校してくる、しかし中学生ぐらいの少女に肩車で登校してくる子供がいる、この村の子供にしてはどうなっているのかと驚く、この村有数なお金持ちの家の子供がお手伝さんの少女に肩車で送り迎えさせているのである、この少女は恐らく中学校へは行けない家の子供なのであろう、、、どこの社会も経済的なゆとりが子供を甘やかすのであろう、、、この子の将来が心配である。
ここから約600mの下りであるが急で危ない!、此処を登ってきたか、、確かに苦しかった、、、この下りを上手く順応させながら登らないと高山病になる、、、下り終えジュルサレで昼食、今夜はいよいよビールが飲める、、、今夜から毎夜パーテーをしてセルパとポートを労うからと話をすると昼休みもそこそこにしてパクデンへ向けて出発、、それから歩く速度が急に速くなる。夕方と到着空気が更に柔らかく人が生活できる環境を感じる。ロッチの女将さんからMTに着せるセルパ族の正装衣装を借り今夜彼らへの感謝を示すもてなしをする事とする。冷えたサンミゲルビールを氷河と流水で冷やし夜を待つ。乾杯!何日振りのビールか、、、美味い、美味い!いくらでも飲める、、、MTは元々酒は飲めないのだが、、飲みっぷりが良い、、、更に笛を吹き、歌い、踊り、、、で大変な盛り上がりである。毎夜8時過ぎには床に着いていたが今宵は10時まで飲み続ける、MTは相当に酔っており明日の朝が心配である。
  

Posted by 走るキンサク at 15:06Comments(0)ヒマラヤゴーキョ5357m遠征報告