2013年05月05日
指宿山川港から南大隅町の根占へ、そして本土最南端佐田岬へ
朝から眩しいくらいの暑くなりそう…フェリーで南大隅町根占港へ、途中指宿の薩摩富士開聞岳が桜島島の噴煙で霞んでいる…美しい。根占港に9時前に到着したが佐多の大泊まで48Km、アップダウン、峠越えと聞いて…恐ろしさと大泊から更に険しいアップダウンが7Kmと聞いてに乗ることに…それでなければ今日、佐田岬へ計画通りゴール出来ない。しかし大泊行きの時刻11時過ぎまでない、田舎は仕方がない。根占を探索しよう…ここは西郷隆盛が西南戦争前までよく訪ね物思いにふけった家があります、又日本陸軍が連合軍とフィリピン、沖縄戦で突撃し多くの若き桜が散った特攻艇の訓練基地でもありました、更に沖縄戦後米国の本土上陸は南大隅半島と想定しここ根占に突撃特攻敵基地を備え、ベニヤ板製の小型艇に爆薬を搭載し敵艦艇を待ち構えていた所でした、しかし広島、長崎の原爆投下で終戦を迎え死に場所を失い、人生を見失った若き青年の生殺の地でもありました。昨日神風特攻飛行隊、今日は突撃特攻艇…若者がお国の未来の為と散った70年前でした、今我々年寄りがお国の為に落葉の晩秋かな…長崎で日本海北端から南端の沿
岸を走破し目標を失いながら佐田岬へ向かう私の姿を見て佐田岬から身投げしない…と心配していたN武蔵は先を見たかな?、まだこの世で生きて貢献しなければならないことあります。佐多町からの峠恐ろしい急な登りないで良かった…ホットする。大泊に到着しザックを預けて佐田岬へり向かう。
岸を走破し目標を失いながら佐田岬へ向かう私の姿を見て佐田岬から身投げしない…と心配していたN武蔵は先を見たかな?、まだこの世で生きて貢献しなければならないことあります。佐多町からの峠恐ろしい急な登りないで良かった…ホットする。大泊に到着しザックを預けて佐田岬へり向かう。
連休最後とあって狭く、アップダウン、急なカーブの道を車、オートバイが飛び出してくる!、ここまで来て事故死…家族の顔が浮かぶ、慎重にり岬の駐車場へ到着、ここからは急な山道が約1Km続く、杖が置かれており私達老人が利用している、私使いません!、く途中、熱帯植物林の中に岬神社がありお詣りしおみくじを…目上の人の引き立てで[吉]、旅は急ぐな!、お世話になった先輩は皆さん仏様に…目上は見当たらないな…手を合わせ仏様頼みかな…最南端の佐田岬へ到着、万歳!、日本海沿岸走破の長崎野母崎が夢であり達成、ここまで来たら佐田岬へと足を延ばして来たが、矢張り嬉しい…岬の灯台、海、岩壁など素晴らしい…帰り駐車場傍の売店に寄りミニトマトをご馳走になる、旨か!…ご馳走様、何処から来たの?…北海道、車、いや…驚いている、そこに町の企画課長が来て町長名で最南端到達証明を送ります…名前住所をと…驚きと感激…南大隅町は観光客への配慮、素晴らしい…有り難う…南大隅町のお土産を買わなくては…長い…長い旅ランでしたよくぞここまで来たもんだ…[金の足]ご苦労様、有り難う…明日は桜島をます、味わい、大切に、楽しく…最後を鹿児島市内を観光します…札幌もそろそろ春だろう…明後日帰ります…皆さん有り難う…
Posted by 走るキンサク at 20:04│Comments(0)
│旅ランの感走記
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